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2012年6月25日 (月)

パーセル「妖精の女王」

10月のリサイタルのチラシ作りが進んでいる。。。
というか、遅れている。
早く原稿を整えなければ。。。

と同時に、内容についてさらに詳しく調べ始めると
何とも興味深い。

パーセルのセミオペラ「妖精の女王」から
今回は“O let me weep"と“Hark how all things with one Sound rejpice"
の2曲も歌うことになるだろう。
17世紀のイギリスの作曲家パーセルは旋律が美しく
以前からとても好きな作曲家の一人だ。

「妖精の女王」は音楽の付かないセリフの部分が多く、
オペラ(歌劇)ではなく、セミオペラという形式で書かれている。
各幕の最後に物語のまとめとして音楽が演奏される。
とはいえ、一般的なヴォーカル・スコアにあるのは
その音楽の部分だけなので
ちょっと残念。
物語はシェークスピアの「真夏の夜の夢」を脚色され展開。
妖精の王オべロンと妖精の女王ティターニア、
オべロンのいたずら、妖精の宴、
そして、恋愛の苦しみと喜びが語られる。


私が今回歌うのは。。。

O let me weep, for ever weep,
my Eyes no more shall welcome Sleep;
I'll hide me from the sight of Day,
And sigh, and sigh my Soul away.
He's gone , he's gone。。。。

となんとも悲しい歌で
夫を失った女性の嘆きの歌である。

ところがこの曲、結婚を祝う歌の直後で
オべロンの指示で、歌われる。
つまり、結婚し二人が仲睦まじく暮らせることの
喜びを確認させる役割を持っているという。

。。。とすると、歌い方もより明確になるだろう。
歌う際の曲に対する印象も随分違ってくる。


一方で、

Hark how all things with one Sound rejoyce,
And the World seems to have one voice.

ほら(聞いて)、すべてが一つの音となって喜んでいる。
そして世界が一つの声を持っているようだ。

この後、
「婚姻の神ヒュメナイオスよ、姿を現しなさい。
私たちの夜の女王が引きこもっているなと命じてます」と続く。
婚姻の神ヒュメナイオスがのろまな神として描かれているのは
結婚の落ち着きを表しているからだという。

全体的に「溌剌とした祝典性」が支配している。【注】

なるほど、短調の悲しみを表す歌詩の曲も
実はお祝いのためであり、喜びをより際立たせるためにある。

だから、私はこの「妖精の女王」の音楽に惹かれるのだと
改めて思った。
悲しくても、悲しくないのだ。
悲しむだけに終わらないのだ。



【注】宇都宮大学国際学部研究論集
「パーセル『妖精の女王』における詩と音楽」 
高際澄雄氏の上記研究紀要から多くを参考にさせていただいた。
お礼申し上げます。

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