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2014年10月25日 (土)

今日はお祭り~落語に思う

今日はうちのまわりはお祭りです。

なので、今日の夕食はお寿司~!

まずは近所のお世話になっている○○さんに
おすそ分け~。

Osusi_2141025

タマゴをたっぷりのせて、
持っていきます~。

Osushi_1_141025_2

私は酢魚は苦手なので、乗せないの、
その代り、タマゴたっぷり~!
大きなエビも入ってます~。

茶碗蒸しには、倉敷市玉島名産!?の
「船松のカステラ」といわれる蒲鉾?!

これって通常はお正月にしかなく、
しかも全国どこにでもあるものだと思っていたら
倉敷のものだった。。。
ということを知ったのは去年です。

はい、カステラのような蒲鉾です。
(あははっ。。。そのまま。。。)


東京に住んでいた時、「ピーナツ豆腐」が近所のスーパーになく、
「なんで、東京にない?!」と不審に¿思っていた時と同じような驚き。
全国ネットではないもの、今でもだいぶあるのかも。


それにしても今日は
朝から太鼓の音やら、子供の声やら、にぎやかでした。

一応、ピアノのある部屋は、窓は三重になっていて
防音はしているんですが、完全ではないので
(手抜き工事ならぬ、手抜き依頼により
...笑)、
歌う練習していたら、太鼓の音に負けてしまいました。(笑)

思えば、お祭りに自宅にいることは何年かぶりで、
日本の音を興味深く分析?!しています。

 

ちょっと話は変わりますが
10日ほど前の
The Japan Times
カナダ人の落語家、桂サンシャインさんのことが載っていました。

英語が母国語の人が、
「ここまで日本語で、落語ができるんだ!」と
YouTubeを見て驚きました。

すごいっ!

けど、声が「日本人のように!?」嗄れていて、
ちょっと残念だなと思いました。

 

昔の落語家の人は、声は嗄れていませんよ。
表現豊か、物静か。。。
物静かなのに、表現豊か。

例えば、
5代目古今亭志ん生さん
https://www.youtube.com/watch?v=LryfU7Ej9Ls

 

でも、この傾向(昔の人の方が物静かで、
なのに、表現豊かなの)は、
オペラでも同じように感じられます。

世界的な傾向ですかね。

 

さて、皆さんは、何が原因だと思いますか?

 

東京オリンピックに向けて、
日本は注目されるし、
日本の文化が世界にいろいろ出ていくのだと思うのですが、
言葉の問題も含めて
「どう伝えるか」という問題はもちろん、
その前に「どうあるか」ということが、
ますます大切になってくるように思います。


Hiroko Kawai
Soprano
Licensed Andover Educator
http://www.hirokokawai.com

 

 






 

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2014年10月24日 (金)

『第九』の季節到来?!

日本では『第九』の季節の到来である。

この季節になると、
いつもより多くの
「腕が痛くなったピアニスト」と
「声がおかしくなった歌う人(指導者と合唱団員の両方)」が
私のところにやって来るようになる。

『第九』、いいんですけど。。。。
でもなあ~。。。?!


本当は、「素人」がちょっと練習して歌えるような「合唱」ではないことを
もういい加減、日本でも認識したほうがいいのではないかと思う。

確かに、オーケストラとの共演で、
ベートーヴェンの交響曲を演奏できるというのは
人生最大の楽しみ、感動の時になるのかもしれない。
参加型の意義は大きいだろう。

でも、ちょっと違うんではないだろうか?
なんともうわべだけになっていないだろうか?!



何より、私が疑問を投げかけたいのは
「せっかく上手になりかけている合唱愛好家たち」が
あるいは
「若手のプロ・セミプロの歌い手たち」が
『声の不調』を訴えることだ。

そして、その理由はもっともなところだ。


ドイツでは、『第九』は特別の時にしか演奏されない。
世界中で、12月になったら、『第九』が演奏される
ものだと思っている人もいるかもしれないが、
それは大きな間違いだ。
日本だけの現象、「12月の第九」。

12月はキリストにまつわる宗教曲、
受難曲やオラトリオが荘厳に演奏されるのが
ヨーロッパだ。
ヘンデルの『メサイア』は、特にその中でも
私の好きな曲だ。

『メサイア』を聴いていると
クリスチャンでない私でも、聖書を開いて
その歴史に思いを寄せてしまう。


『第九』といえば思い出すのは
東西ドイツが統一された時に、ベルリンで演奏されたことだ。
Freude(喜び)という言葉が、
Freiheit(自由)という言葉に置き換えられて
演奏された。
ソリスト陣も東西混合、
指揮はバーン・スタインだった。


深き喜びを称えてうたう合唱『第九』、
あなたはそれだけの思いを今、あなたの歌う『第九』に託せますか?
もし難しいのなら、
プロが歌う『第九』を、
聴きに行くだけがよいのかもしれませんよ。

もっと合唱を楽しむ方法は、ほかにありますから。


また、『第九』はもう二度とごめんだ!
と、『第九』嫌いになっている人を、一方では見かけます。
深く感動的な作品なのに。


個々人が、自分に合った向き合い方が
大切ですね。

伴奏者の方、「腕の痛くならない『第九』練習ピアノの弾き方」
ご相談に乗りますよ。

http://www.hirokokawai.com/

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2014年10月23日 (木)

『マタイ受難曲』について

クラシック音楽好きの、面白い友人がいる。

演奏会に何人かで行くらしく、その前に必ず、私に何やら尋ねてくる。
そう、その友人たちに、「いい恰好~しよう!」ということらしい。

で、今日の質問はJ.S.Bachの『マタイ受難曲』だった。

なんとも理系のその友人は(誰の演奏なのか知らないが)、
第1部全曲 1時間27分
第2部全曲 1時間52分
なんだけれど、一般的には
「どこの部分が演奏され」「どこを聴いておけばいいのか」
と質問してくる。

うん、どこが演奏されるって??
『マタイ受難曲』って、演奏されるのなら全部ではないかと思うんですが。
3時間以上かかって、長かったのを私も覚えています。

そこで私の回答は次のように。
****【Hirokoの迷回答】『マタイ受難曲』について*****

『マタイ受難曲』についてですが、一般的には
もちろん、全曲演奏されます。つまり長いのです。
抜粋で演奏されることは少ないと思うよ。

 私はドイツでもオランダでも、
何回も聴いたことがあるけれど、いつも全曲でした。

普通なら12月に演奏されるけれど
(復活祭前の3月ということもありますが)、
日本の場合は12月になると『第九』が幅を利かせるので(笑)、
11月になったのかもね。。。です。
11月というのは何とも季節外れな感じがします。

 指揮者のヴィンシャーマンさんは、
もともとオーボエ奏者ではないでしょうか?

 『マタイ受難曲』のポイントは、なんといっても、
テノールの歌う
Evangelist(福音史家)です。
全体を通して、ずっと語り(物語の進行)役を務めます。

例えば、ちょっと前だと、ペーター・シュライヤーなど、
名福音史家といして有名です。リリックなテノールの役。

ソプラノのアリアも、数曲あり。。。どれも難しいです。
難しくは聴こえませんが。。。(泣)
美しいです。


この中のアリア
"Aus Liebe...”で、私は大学院2年の夏、
群馬の「草津音楽アカデミー」を受講しました。
(その時の先生は「福音史家」でも有名だった、
今は亡きエルンスト・ヘフリガー氏でした。
なので、私の『マタイ受難曲』の楽譜には
ヘフリガー先生のサインがあります。


Sign_141025

なんだか読みにくいですが

Fuer Hiroko,
mit besten Wuenschen

と書いてくださっているのではないでしょうか?!
…<余談終り>


 

『マタイ受難曲』のテキストは、
聖書の「マタイによる福音書」の第26・27章です。
そこからバッハ自身が選んで、その大半の物語を組み立てたと推測されています。(他の人が書いた箇所もあるようですが。)

バッハは1923年(42歳)、
ライプツィヒの聖トーマス教会のカントル(音楽監督)になりますが、
復活祭の
2日前の金曜日、つまりキリスト受難の日に、
オーケストラ付きの受難曲を演奏することが義務の一つだったそう。

作曲年については、1729年(44歳)の時とわれていて、
最終の仕上げは
1736年ごろとも。
最円熟期の作品で、いずれにしても現在では、
バッハの宗教曲の中では最も深遠で感動的な傑作と言われています。
(そう、感動するよ!)

 

けど、バッハが生きていた時には4回しか演奏されておらず、
その後、この受難曲が有名になったのは
作曲家メンデルスゾーンの功績が大きいと
言われています。
1829年に、メンデルスゾーンの指揮でベルリンで再演、
それがバッハ復活の契機になったそうです。
それまでの
100年間は全く忘れられていたらしいよ。

 

私がドイツで『マタイ受難曲』を聴いた時は、
「イエスの受難」のお話ということで、
終わった後、全く拍手がなく。。。。驚きました。
そういう"演奏会"もあるわけです。
でも、普通は、拍手をすると思います。

 

それから演奏中は、ドイツ人とはいえ、
ドイツ語の歌詞を見ながら(物語の進行を確認しながら)
聴きます。

○○さんは全部の歌詞を持っていますか?

対訳、持っていますか?
私のを貸しましょうか?

歌のついているものは、
「(外国語の)歌詞がわからない」ともいえますが、
一方で
「歌詞があるので内容は明らか」=「わかりやすい」
といえますね。


****************************

 

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2014年10月20日 (月)

Body found ~「からだ」を見つけた?!

今日のBBCのニュース

Body found in US hunt for student
という見出しにつられて
「からだ」が見つかったって、何??
と思って読み進めると
なんと、

この”Body”って「亡骸」「死体」のことでびっくり!?

そう、英語の”Body”って、生きてても死んでても
同じ単語!!なんです。
わかれば、な~んてことないですが、
ちょっと驚きませんか?
古~い話ですが、そういえば
漫才師の夢路いとし・喜味こいしさんたちが
「”かしわ”は”ニワトリの戒名”。。。。」

と、面白おかしく漫才をしていたと
母が話していたのを思い出しましたが
日本語って、状態によって名前が変わりまくる言語ですよね。
いいんだか、悪いんだか。。。

このあたりにも、日本語の特徴といいいますか
日本人の考え方の根本がみえて
興味深いですね。

Hiroko@英語も、ドイツ語も、もう少し何とかしたいと思う秋です。

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2014年10月14日 (火)

「栗ひろい」に行きました!

Kurihiroi_1_141014

「栗ひろい」に行ってきました!

以前、私の講座に来られていた岡山県赤磐市のYさん宅に
久々におじゃましました。
ご夫婦で建築・デザイン関係のおシゴトをされていて
山に”別荘”をお持ちなのです。

なんとも気持ちのいい木の作り
広い窓
暖炉
自然の木をふんだんに使った家具の数々

そこにずっといるだけで
元気になれる家

四季折々の木々に囲まれ。。。。
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家の前には桜の木。
春の訪れが楽しみです。


私のうちって、そもそもかなりな田舎にあるんですが
もっと空気がきれい。。。。なのがわかります。

裏山といったって
Yさんちなのですが
Yさんも含めて4人で栗ひろいをしました。

なんと私だけ、全く慣れない山の斜面に
へっぴり腰。
大笑いされました。

が、台風が去ったあとの秋晴れの中、
こんなに収穫!


満足!

Kurihiroi_2_141014


栗ひろいの大発見は。。。。
「山の斜面をいかにスイスイ歩くか」ということ。
斜め、斜めに歩くんですって。

なんで、私だけ。。。うまく歩けない??
というか、なんでみんなそんなに上手に歩けるの??(笑)

大笑いしながら
火箸をもって必死に歩きました。

気持ち・い・い・・・・・~~
からだがすっきり!


Yさん、いっしょに行った皆さん、
お疲れ様、ありがとうございました。





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突然ですが、
先月の新国立劇場での「二期会オペラ公演」
準メルクルさん指揮のMozatのオペラ『イドメネオ』のステージのこと。

舞台は斜めになっていて、
歌手たちはすごく大変だったよう。
見る方は舞台の後ろに向かって高くなっているわけだから
見やすいわけですが。。。
歌手たちは何とも歩きにくそう。中にはへっぴり腰の人も。

でも、この栗山を歩くように
斜めに斜めに上手く歩くと
大腰筋は働きまくり
きっといつもよりしっかりした声が出るのかも

。。。と、栗ひろいをしながら
ピンと来たのでした。

もう少し早く栗ひろいに来ていたら
アドバイスできたんですが。

演出家はひょっとして
山で育った人だったのかもね??



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2014年10月13日 (月)

2014 リサイタルのご報告4

7月の演奏会で歌ったことで、
私は、ジェラルド・フィンジ(Gerald Finzi 1901-56)という作曲家を
一挙に好きになってしまった。
練習している間、なんともその魅力にとりつかれ、そして癒されるのだ。

こんな思いに浸ったのは
作曲家シューマンの奥さんだったClara Schumann(1819-1896)や
メンデルスゾーンのお姉さんのFanny Mendelssohn(1805-47)の
曲を歌っていた時に感じたことと、似ているかもしれない。

作曲家には、それぞれ「なにか」があり、

(当たり前かもしれないけど。。。)
演奏する者は、それに触れることのできる喜びがある。


Finziの最後の曲となった曲。
Since we loved

Since we lived,
(the earth that shook as we kissed,
fresh beauty took)
Love hath been as poets paint,
Life as heaven is to a saint;
All my joys my hope excel,
All my work hath prosper'd well,
All my songs have happy been,
o my love, my life, my queen.


私の訳はこちら

2014_program8_4




アンケートに、こんな解釈ではいかがと
書いてくださった人がいた。
すっごい!

愛するようになってからというもの
愛することは画家にとって
絵を描くことのように
生きることは聖人にとっての
天の国のようになった
(どちらもごく自然に幸せということ?)
同感です!




2014

リサイタルのパンフレット。

1色刷りなんですが、中身は濃いブルーで違う色に。
思ったような発色に
出来上がって、うれしくなりました。


20142

演奏するひとは
時間を越えて作曲家の人が
当時、創った音楽とコンタクトし、
今、ここで、
ここにいる聴いてくださる人に向かって
演奏する。

共有するもの、つなぐもの、
伝わるもの。。。。

演奏するものとしてのキーワードは
「音楽(楽譜)」「からだ」「脳」
だと、私は思う。


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Hiroko Kawai
Soprano
Licensed Andover Educator
http://www.hirokokawai.com

 

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