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2014年10月13日 (月)

2014 リサイタルのご報告4

7月の演奏会で歌ったことで、
私は、ジェラルド・フィンジ(Gerald Finzi 1901-56)という作曲家を
一挙に好きになってしまった。
練習している間、なんともその魅力にとりつかれ、そして癒されるのだ。

こんな思いに浸ったのは
作曲家シューマンの奥さんだったClara Schumann(1819-1896)や
メンデルスゾーンのお姉さんのFanny Mendelssohn(1805-47)の
曲を歌っていた時に感じたことと、似ているかもしれない。

作曲家には、それぞれ「なにか」があり、

(当たり前かもしれないけど。。。)
演奏する者は、それに触れることのできる喜びがある。


Finziの最後の曲となった曲。
Since we loved

Since we lived,
(the earth that shook as we kissed,
fresh beauty took)
Love hath been as poets paint,
Life as heaven is to a saint;
All my joys my hope excel,
All my work hath prosper'd well,
All my songs have happy been,
o my love, my life, my queen.


私の訳はこちら

2014_program8_4




アンケートに、こんな解釈ではいかがと
書いてくださった人がいた。
すっごい!

愛するようになってからというもの
愛することは画家にとって
絵を描くことのように
生きることは聖人にとっての
天の国のようになった
(どちらもごく自然に幸せということ?)
同感です!




2014

リサイタルのパンフレット。

1色刷りなんですが、中身は濃いブルーで違う色に。
思ったような発色に
出来上がって、うれしくなりました。


20142

演奏するひとは
時間を越えて作曲家の人が
当時、創った音楽とコンタクトし、
今、ここで、
ここにいる聴いてくださる人に向かって
演奏する。

共有するもの、つなぐもの、
伝わるもの。。。。

演奏するものとしてのキーワードは
「音楽(楽譜)」「からだ」「脳」
だと、私は思う。


140706orngd




Hiroko Kawai
Soprano
Licensed Andover Educator
http://www.hirokokawai.com

 

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